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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)205号 判決

東京都東村山市本町3丁目14番地2

原告

神山有

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

清川佑二

同指定代理人

平上悦司

青山紘一

吉野日出夫

花岡明子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成3年審判第24979号事件について平成6年7月21日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和63年12月5日名称を「ファンタジー盤」とする考案(以下「本願考案」という。)につき、実用新案登録出願(昭和63年実用新案登録願第157687号)をし、平成元年3月1日手続補正をしたところ、平成3年11月15日拒絶査定を受けたので、同年12月27日審判を請求し、平成3年審判第24979号事件として審理されたが、平成6年7月21日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年8月24日原告に送達された。

2  実用新案登録請求の範囲

手芸工作の基になるもので、用器具の額枠材質また、その形体はケースバイケースにて、額枠内の柔軟なる油質粘土とを組み合せたる盤(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  前記手続補正書により補正された明細書の実用新案登録請求の範囲において、「用器具の額枠材質また、その形体はケースバイケースにて、」の記載は、額枠の材質又は形体は、通常用いられるもの、考えられるものの中から適宜選択、採用したものであると解され、実用新案法5条4項(平成2年法律第30号による改正前の規定。以下同じ)に規定する考案の構成に欠くことができない事項であると認めることはできない。

してみると、考案の要旨とするところは、「手芸工作の基になるもので、額枠と額枠内の柔軟なる油質粘土とを組み合せたる盤。」にあるものと認める。

(2)〈1〉  昭和9年実用新案出願公告第2910号公報(以下「引用例」という。)には、その登録請求の範囲に、「適宜の箱に膠を盤状に張り詰めこれに他の切り抜き絵を細き竹軸に糊付けしたるものを盤上に組立て風物を表現する装飾盤。」(別紙図面2参照)が記載され、一般家庭の室内装飾品としての考案に係り、適宜の箱に膠を盤状に張り詰め、別に細き削りたる竹に切り抜きたる絵画を糊付けし又は種々なる物品を盤上に適宜に配置して刺し込み一のまとまりたる立体的風景画面模様を表現せしめんとするものである旨、及び何人も容易に組立てる事を得ること、抜き刺し自由であること、元状に帰し永久使用できることが、併せて記載されている(1頁実用新案の性質、作用及び効果の要領の欄)。

引用例の考案そのものは、このような手先で行う技芸、手工芸の工作過程の結果としての工芸品に係るものであるが、引用例の記載からは、その工作過程において使用される、手芸工作の基になるものについての構成は把握できるから、引用例には、「手芸工作の基になるもので、適宜の箱に膠を張りつめた装飾盤」が記載されているといえる。

〈2〉  本願考案と引用例に記載されているといえる考案(以下「引用例記載の考案」という。)とを対比すると、引用例に記載された「適宜の箱」は、本願考案には「額枠」の一態様として「箱」が示されているところからみて、本願考案の「額枠」に相当し、箱内に配設されている膠も、油質粘土も、いずれも、その上に置かれたものを保持する保持部材といえるから、両者は、額枠と額枠内の保持部材とを組み合せたる盤の点で一致し、本願考案が、保持部材を柔軟なる油質粘土としているのに対し、引用例記載の考案が、保持部材を膠としている点で両者は相違している。

〈3〉  そこで、上記相違点について検討する。

手芸工作の素材として油質粘土を用いることは、本出願前周知の技術である(例えば、昭和52年実用新案登録願第97529号(昭和54年実用新案出願公開第25356号公報)の願書及び願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(以下「周知例」という。)参照。)。そして、油質粘土は、柔軟であり、その上に置かれた別部材を保持することができるものであって、何回でも変更使用可能なことは、その具有する性質上明らかである。

したがって、引用例記載の考案の盤において、保持部材を膠に代えて、本願考案のように柔軟な油質粘土とした点は、当業者であればきわめて容易に想到し得たものである。

そして、本願考案の構成により奏される効果は、何れも、引用例又は周知技術に記載されている効果、又はそこから当業者がきわめて容易に予想できる程度のものである。

〈4〉  以上のとおり、本願考案は、引用例記載の考案及び周知の技術事項に基づいて、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるから、実用新案法3条2項の規定により、原告は、本願考案について実用新案登録を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決は、信憑性のない書証を採用して周知例を認定し、権利として認められないものを周知例として挙げ、本願考案と周知例記載の考案との目的の相違を看過して本願考案の進歩性を否定するなどして、相違点に対する判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1

原告が特許庁から送付を受けた平成3年8月20日付け拒絶理由通知書の続葉(甲第5号証)たは、「第1項に対し、実開昭54-25356号公報((7)がま油粘土である)」との記載があり、これに対し、原告が特許庁に送付した意見書(甲第6号証)にも、「貴庁拒絶の事項実用書54-25356号広報(がま油粘土である)=Gといたします。」と記載したのに、この意見書につき特許庁から誤りであるとの指摘もなかった。

審決は、「油質粘土」は周知技術であるとして、「実願昭52-97529号(実開昭54-25356号)のマイクロフィルム参照」と例示し、被告は、本訴においてこれらを書証(乙第1、2号証)として提出するが、これらの書証においては、考案の名称が「油粘土学習具」とされているが、前述の経緯からすると、この考案の名称は「がまの油粘土」たるべきではないかと考えられるので、これらの書証には信憑性がなく、このような書証から周知技術を認定することはできない。

(2)  取消事由2

原告は、昭和9年から名称を「装飾盤」とする引用例記載の考案の実用新案権を有していたが、この考案は「膠」を材料として使用すると記載されているが、実は「膠」の下に「ゴム粘土」が入れてあったもので、これは審決が周知技術としてあげる「油質粘土」と同質のものである。

そうすると、審決が例示する周知例記載の考案の権利は、原告が昭和9年に得た実用新案権の権利のなかに含まれるものであり、このようなものを権利として認めることはできず、周知例として使用することもできない。

(3)  取消事由3

仮に、乙第1、2号証の書証を周知例の証拠として使用し得るとしても、本願考案の目的は「ファンタジー盤」であるところ、周知例記載の考案の目的は「学習具」であって、目的が異なるこのような周知例をもって、本願考案の進歩性を否定することはできない。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。本件審決の認定判断は正当である。

2(1)  取消事由1について

原告は、原告が特許庁から送付を受けた平成3年8月20日付け拒絶理由通知書の続葉(甲第5号証)には、「第1項に対し、実開昭54-25356号公報((7)がま油粘土である)」との記載があると主張するが、該続葉には、「((7)が『ま』油粘土である)」と記載されていて、原告が「ま」と読んだ箇所は、字消し部分であって、これを「ま」と読むのは正しくない。

このことは、周知例(乙第1号証)の明細書に、「油粘土収納箱6には、油粘土ブロック7が収納されている。」(2頁8ないし9行)と記載されており、そして、「がま油粘土」という記載はないことから明らかである。

このように、原告の主張の前提となっている拒絶理由通知書に、「がま油粘土」との記載があるということが事実ではない。

なお、仮に、拒絶理由通知書の続葉の記載が「(7)がま油粘土である」と読めたとしても、上記マイクロフィルムの写しを参照すれば、「ま」の部分が誤記であるということは明らかであり、乙第1、2号証の信憑性を疑わせるものとはいえない。

(2)  取消事由2について

平成6年4月22日付け拒絶理由通知書の拒絶理由の引用例である昭和9年実用新案出願公告第2910号公報(乙第3号証)は、実用新案法3条1項3号にいう「実用新案登録出願前に日本国内において頒布された刊行物」として引用したものであって、そこに記載された考案の認定は、もっぱら同刊行物に実際に記載されている事項に基づいて認定すべきものであり、乙第3号証を見ても、その考案である「装飾盤」の「膠」の下に「油質粘土」が入れてあったものということができない。

また、仮に、周知例(乙第1、2号証)記載の考案が、原告の権利に含まれるとしても、この周知例を周知技術を示すものとして使用することに不都合はないから、これを周知例として使用できないとする原告の主張は妥当ではない。

(3)  取消事由3について

本願考案の「ファンタジー盤」は、明細書(平成元年3月1日付け手続補正書により補正された明細書)の実用新案登録請求の範囲及び考案の目的(1頁16行ないし18行)の記載からみて、手芸工作の基になるものであって、幼児の手工芸の基礎作り、また高齢者の手指の鍛練に用いられるものである。

一方、周知例記載の考案は、「油粘土学習具」であって、その明細書の考案の詳細な説明(1頁10行ないし17行、3頁7行ないし17行)の記載からみて、学童の油粘土による学習の基になるものであるから、本願考案と同様の手芸工作の基になるものである。

したがって、本願考案と周知例記載の考案とは、手芸工作の基になるものとして用いられている点で同様の目的を有するから、審決が、手芸工作の素材として油質粘土を用いることが周知の技術であるとして周知例を引用したことに誤りはなく、原告の主張は失当である。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第1  請求の原因(特許庁における手続の経緯)、同2(実用新案登録請求の範囲)、同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決の取消事由について検討する。

1  成立に争いのない甲第2号証(昭和63年12月5日付け実用新案登録願)、同第3号証(平成3年3月1日付け手続補正書)によれば、本願明細書には、本願考案の技術的課題(目的)として、本願考案は、「幼児より手工芸の基礎作り、また高齢者の手指鍛練によく、一盤あれば何回でも変更使用が出来る。盆景、設計(建築)、実在の植物、花、他の色々の物と混合して芸術的作品が出来る。また、応用のケースにより、盤の一部に電気(池)装備して点滅、回転等動的にする。」(前記手続補正書中の明細書1頁16行ないし2頁3行)、実用新案登録請求の範囲として、請求の原因2のとおり(同1頁5行ないし7行)とそれぞれ記載されており、また、図面に本願考案の例として別紙図面1のとおり図示されていることが認められる。

そして、前記実用新案登録請求の範囲中の「用器具の額枠材質また、その形体はケースバイケースにて、」との記載部分は、額枠材質又は形体は通常用いられるもののなかから適宜選択、採用したものであることを意味すると理解できるから、実用新案法3条2項所定の要件について審理判断するに当たって、本願考案を同項所定の考案と対比する前提として認定すべき考案の要旨は、審決認定のとおり、「手芸工作の基になるもので、額枠と額枠内の柔軟なる油質粘土とを組み合せたる盤」であるというべきである。

2(1)  取消事由1について

原告が特許庁から送付を受けた平成2年8月20日付け拒絶理由通知書の続葉の記載について検討する。

成立に争いのない甲第5号証(上記拒絶理由通知書の発送目録とその続葉)によれば、上記拒絶理由通知書には、拒絶理由として、「第1項に対し、実開昭54-25356号公報((7)がま油粘土である)」と記載されていることが認められる。

この記載において、「が」と「油」の文字の間にある「ま」の記号が何を意味するのかを考えるに、これは、その形状からして、「ま」の文字としては不完全であって、「ま」と読むことは困難であるといえる。

また、上記拒絶理由通知書に記載された「実開昭54-25356号公報」(審決において周知例とされたものの公開公報)の記載内容について検討すると、成立に争いのない乙第1号証(上記公開公報に係る考案の昭和52年実用新案登録願第97529号の願書並びに願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルムの写し)によれば、周知例は、名称を「油粘土学習具」(1頁3行)とする考案であって、その実用新案登録請求の範囲は、「油粘土収納箱の内側に該収納箱の側壁に対向した区画壁を立設し、前記側壁と区画壁の間に石鹸を収納した容器を着脱自在に装着してなる油粘土学習具。」(同頁5行ないし8行)と記載され、その考案の詳細な説明には、「合成樹脂からなり4つの側壁1、2、3、4と底部5を一体に成形した油粘土収納箱6には、油粘土ブロック7が収納されている。」(同2頁7行ないし9行)と記載されていることが認められ、そして、同号証には「がま油粘土」という記載は全くないし、これを示唆する記載もないことが認められる。

さらに、成立に争いのない乙第2号証(昭和54年実用新案出願公開第25356号公報)によっても、周知例には「油粘土」以外の粘土の記載はないことが認められる。

このことからすれば、上記拒絶理由通知書の「((7)がま油粘土である)」との記載は、「(7が油粘土である)」ということを記載しており、「ま」は単なる字消し部分であると認められる。

したがって、上記拒絶理由通知書に「がま油粘土」が記載されていることを前提とし、乙第1、2号証の書証の信憑性に疑いがあるとする原告の主張は、採用することができないし、他に、これらの書証の信憑性に疑いを抱かせるものもない。

原告は、原告が特許庁に送付した意見書(甲第6号証)に「貴庁拒絶の事項実用書54-25356号広報(がま油粘土である)=Gといたします。」と記載したのに、この意見書につき特許庁から誤りであるとの指摘もなかった旨主張するが、このような事実があったとしても、前示認定を覆すことはできない。

したがって、乙第1号証から周知技術を認定した審決の判断に誤りはない。

(2)  取消事由2について

成立に争いのない乙第3号証(昭和9年実用新案出願公告第2910号公報)及び弁論の全趣旨によれば、引用例は、名称を「装飾盤」(1頁1行)とする考案で、その考案者は原告であり、その登録請求の範囲は、「圖面ニ示ス如ク適宜ノ箱(1)ニ膠(2)ヲ盤状ニ張リ詰メ之ニ他ノ切リ抜キ繪(4)ヲ細キ竹軸ニ糊付シタルモノヲ盤上ニ組立テ風物ヲ表現スル装飾盤ノ構造」(同頁10行ないし11行)と記載され、その考案の詳細な説明にも、「適宜ノ箱(1)ニ膠(2)ヲ盤状ニ張リ詰メ」(同頁3行ないし4行)と記載されていることが認められ、これらの記載によれば、箱に盤状に張り詰められたものは膠であって、膠の下に「ゴム粘土」を入れるとの記載はなく、その示唆もないことが認められる。

審決は、上記引用例(乙第3号証)を、実用新案法3条2項の規定を適用する前提として、3条1項3号に規定する「実用新案登録出願前に日本国内において頒布された刊行物」として引用したのであって、そこに記載された考案の認定は、同刊行物に記載された事項に基づいて認定すべきものであり、乙第3号証には、上記のとおり膠の下に「ゴム粘土」を入れる旨の記載は何ら見当たらない以上、引用例記載の「装飾盤」において、膠の下にゴム粘土が入れてあるとすることはできない。

このように、引用例記載の「装飾盤」が膠の下にゴム粘土を入れていたと認められない以上、引用例記載の「装飾盤」の膠が周知例記載の「油質粘土」と同質のものであるとの原告の主張もその前提を欠いて認められない。

そもそも、周知例とは、周知の技術を示すために引用されたものであって、本件でいえば、手芸工作の素材として油質粘土を用いることが本出願前に周知の技術であったことの例として引用されたものであり、仮に、その考案自体が原告の有する(あるいは有した)権利の範囲に含まれることがあったとしても、これを周知例として使用することに不都合はないのであるが、本件では、周知例が原告の昭和9年に得た実用新案権の権利のなかに含まれるという主張自体認められないものであることは、上記認定のとおりである。

したがって、上記周知例をもって周知技術を示した審決の判断に誤りはない。

(3)  取消事由3について

前示1認定事実からして、本願考案は、名称を「ファンタジー盤」とし、手芸工作の基になるものであって、幼児の手工芸の基礎作り、高齢者の手指の鍛練を目的としているものと認められる。

一方、前示(1)認定のとおり、周知例は、名称を「油粘土学習具」とする考案であって、前掲乙第1号証によれば、その明細書に、「本考案は、油粘土を収納する学習具の改良に関するものである。油粘土を使用した後は手を石鹸で洗わないと汚れが落ちないが、学校の手洗所には通常石鹸が少ししか置いていないため、多数の学童が一度に手洗所へ行くと石鹸を使うのに順番を待たなくてはいけない。また順番を待つのをめんどうがって、石鹸を使用しないで手を洗う学童も出てくる。本考案は、油粘土収納箱の内側に該収納箱の側壁に対向した区画壁を立設し、前記側壁と区画壁の間に石鹸を収納した容器を着脱自在に装着してなる油粘土学習具を提供することにより、前述した従来の欠点を解消したものである。」(1頁10行ないし2頁4行)と記載されていることが認められ、周知例は、油粘土を収納する学習具の改良を直接の目的としていることが認められるものの、この考案は学童の油粘土による学習の基になるものということができ、この点で本願考案と同様に手芸工作の基になるものと認められる。

したがって、本願考案と周知例記載の考案とは、手芸工作の基になるものという点で、共通の課題を有するものということができ、審決が、手芸工作の素材として油質粘土を用いることが周知の技術であるとして周知例を引用したことに誤りはない。

3  そうすると、原告の主張する審決の取消事由はいずれも理由がない。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

別紙図面1

〈省略〉

別紙図面2

〈省略〉

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